以下 「やくざが店にやってきた」 宮本照夫 朝日文庫 よりハイライトです。 まえがきより 川崎市とその周辺は、私が移り住む以前から「暴力団の街」「危ない街」 として通っていた。 まっとうな市民にとっては迷惑このうえないレッテルだろうが、 ヤクザが絡んだ事件は絶えることがなく、それが事実であったことは否定できない。  私が新しい店を開くと、どの店にも必ずといっていいほど暴力団がどこからともなく現われた。 頼んでもいないのに勝手に顔を出して無理難題をふっかけ、そのたびにトラブルや事件を起こしてくれた、 私の店は高級店ではなく、誰もが気楽に入れる店ばかりである。だからどの客も自分が汗して稼いだ金で飲む。 ささやかな楽しみを求めて店に来る。客のそんな一夜の楽しみをぶち壊す権利は誰にもない。 だから私はヤクザと、ヤクザでなくても「他の客に迷惑をかける客」は徹底してお断りし、 それを店の営業方針にしてきた。たとえぶん殴られ足蹴にされても、 警察を呼ぶことになっても、法廷闘争に訴えることになっても、 そうした客は店に入れることを拒否してきた、そのために私が何をしてきたか。 この本は、そんな三十年間のドキュメントである。 グラスひとつの裁判よりp27 こんな事件がふりかかってきた場合、何をおいても110番というのが常識だろう。 しかし私は、それだけでやってきたわけではない。長い間、水商売をやってきて、 振り返ってみると、店で暴れたり絡んだりした暴力団10組のうち8組までは、 説得して帰ってもらったように思う。  ごくまっとうな人たちが暴力団との関わり合いをいやがるように、 暴力団もかたぎの人間とのめんどうなトラブルは本能的にいやがるものである。 そういう意味では、彼らは理解が 早い。ほとんど本能だといってもよい。  だから彼らの前に座って目をまっすぐに見据え、真剣に、ときには私自身の 人生観や生い立ちまで語り、なぜ暴力団出入り禁止を方針にしてきたのか、 なぜ、今すぐ出ていってくれと頼むのか、情と理を尽くして話せば、 彼らはおだやかにうなずいてくれる。そしてもう二度とやってくることはない。  ヤクザはいつも命がけだ。というより、いつでも命を投げ出すことができるという 姿勢がなければ、どこの組の組員になることもできない。 このあたりは、武士道の一種の異種として生まれた任侠道の暗い血を、 地下水脈さながらに受け継いできた世界だといえるかもしれない。 私の広めような場所で突っ張るときも、ある意味では命を張っている、 冗談やシャレで暴れたりはしない、だからこっちも命を張る。 相手と同じ気合で臨む、命を張って説得しなければ通用しない。 彼らと同じ場所にまで自分を降ろし、目線を合わせて、必死で説得する。 たかがヤクザ1人を断るぐらいで何を大仰な、と思う人もいるだろうが、 現実はそういうことなのだ。見くびった人間は徹底して痛めつけられる。 なぜなら相手は、たとえかたぎであっても決して見くびったりはしないからである。 それでも10組のうち1組か2組は説得が通用しない場合がある。 そういうときにしか私は警察は呼ばない。横田の場合がまさにそうだった。 まず言葉が通じない。常識が通じない。 何を言っても通じない、彼に対しては私は三度、同じことを繰り返した。 それも理不尽なことを言ったわけではない、お客さんに謝ってほしい。 もう店には来ないでくれ。この二点だけである。それが通じなかった。 あの朝、高津署の前で私は従業員にこう言ったものだ。 「時々いるんだよ、この男はヤクザとして生きること以外に人生はない、 ヤクザになるために生まれてきたんだな、と思わせるような男が。 それも最低の意味で、だよ。私はそんな男を何人か見てきたんだ。 あの幹部もそういうタイプだとしか思えないなあ」 110番する側には、それなりの責任がある。何があってもすぐ通報する。 あわててパトカーが駆けづけてきたが何もなかった、ではすまない。 多忙な警察署に迷惑というだけでなく税金の無駄遣いというものである。