いじめに負けない心理学 加藤諦三 PHP研究所 P58より転載 私が、アメリカで家を買おうとした時の話である。 まずアメリカの不動産屋さんに物件を探すように依頼した。いろいろな手続きが 複雑だけれども、とにかく事務的なことを少しずつ済ませつつあった。欲しい家 の値段を相手方に申し出た。  こちらの弁護士に依頼して買おうとする家に関する 書類を調べてもらい、万全を期して買おうとしていた。その値段の交渉をしてい る時に、ボストンの日本人会の会報誌の広告で「日本人専門」という不動産屋さ んの広告を見た。電話をかけてみると、「自分は日本人だ」という不動産屋さん が家にとんできた。  アメリカで家を買う場合にはまず弁護士を依頼する。  日本人でもまずアメリカの弁護士を依頼する。 そして法律的に自分を守りながら家を買う。アメリカは日本と違い、 家の建築や増築、改築に物凄く制限がある。 その制限が州によって違うどころか、町によっても違う。同じマサチューセッツ 州で、ブルックラインとすぐ近いコンコルドでも違う。  杉並区と中央区で建築の制限が違うようなものである。 したがって本人が余程詳しくてもアメリカで不動産を買う場合には弁護士を頼む し、頼まねばならない。  その他に、買う家のガスがどうなっているか水道がどうなっているか ・ボイラーは古くてもうじき壊れそうか、などなどを調べてくれる 専門の調査士を依頼する。 とにかく買う家が法律上いろいろな点で、自分に不都合がないかどうかを 調べてくれる人を依頼する。  しかし日本から来て数年アメリカに住んで、少しアメリカに馴染んだくらいの 人は、複雑すぎる書類もわからないし、不動産屋さんと英語で法律上の議論を するのも気が進まない。  そんな気持ちている時に、日本人と称する不動産屋さんは、私に「私が全部や りますから」とか、「日本の不動産屋さんなら、こんなアメリカの不動産屋さん のような信用できないことをしないですよ」とか、「やはり、日本人は日本人同 士のほうがいいですよね一、第一気持ちがわかりますから」と言う。とにかくこ ちらの思っていることを次々に言う。考えてみれば、そんな都合のいいことは世 の中にはない。こちらの思っていることばかりを言うことがすでにおかしいので あるが、それを疑う余裕が当時の私にはなかった。 まず私が買わされた家が不法建築の家であった。 アメリカの場合、先にも言ったように家の作り方や改築に制限がある。一階と二 階の間に鍵を付けても不法になる。そこで法を無視して改築をする人がいる。 だから、外から見て何でもなくても不法な家というのがたくさんある。  さらにアメリカではワン・ファミリー・ゾーンというのがある。 その地域ではどんなに家が大きくても、一つの家に二家族が住んではいけないの である。また決してその家を人に貸してはいけない。その家の一室を貸してもい けない。貸すのであれば持ち主である自分たちが家を出なければならない。とに かく家の大小に拘わらず、一つの家に一家族しか住めない。そういう地域がある。 そういう地域であるにも拘わらず、二家族が住めるといって家を売ってしまう不 動産屋さんもいる。不法である。そんなことで不法な家がアメリカには結構ある。  市に届出をして許可をもらって改築しなければならないのに、 許可を得ないで台所を改築してしまうなどという人がいる。そしてそういう不法 な家をいったん買ってしまうと、今度は買ったほうの責任になってしまう。  不法であることを知らないで買っても、市のほうは新しい家主に改善を求める。 市は悪徳不動産屋さんを責めない。個人の売買について市は関知しない。善良な 市民が知らないで家を買って、いきなり市から呼び出され、法を侵したことにつ いて糾弾されたりする。そこで家を買うのは日本に比べて大変なのである。たい ていアメリカ人は自分で役所に行ってその家のファイルを見て、その家の歴史を 調べると市の人はいう。  しかし日本人にはそのような行為は馴染みがない。信頼できる不動産屋さんに委せる 。そこがアメリカに長く住む「日本人と称する」不動産屋さんのつけめなのであ る。私が言いたいのは、これが感情的恐喝であるということである。  相手の言いなりになっていないとなんだか自分が誠意のない人のように思えて くるのである。刃物を突き付けて相手を言いなりにするのではない。 相手の言いなりにならないと自分が罪の意識を持つように、感情的に操作されることである。