下記は、週刊文春 11/22号から 水澤潤(生活経済アナリスト) 十月十一日に史上最高値を記録したアメリカ株が急落を続けている。 不気味なことに、今年のアメリカ株の動きは、過去 二回の大暴落直前の株価の動きを正確にトレースして いるように見えるのだ。このまま進めば、五十年に一 度規模の大暴落Xデーが十二月五日頃にやってくる。 その時、ダウ平均は高値から四割も暴落しているかも知れないのだ。 アメリカ株が暴落すると日本経済にも破滅的な影響が避けられない。 あなたは、この衝撃への備えは大丈夫だろうか? 株式の大暴落といえば、 1929年の「暗黒の木曜日」と、 1987年の「ブラックマンデー」が有名だ。 この二つの大暴落は、実は双子と言っていいほど 似た推移をたどっている。いずれも直前に史上最高 値を記録したのち、最高値の日からニカ月後に四割ほ ども下落したのだ。 グラフを見れば一目瞭然だが、暴落に至るまでの毎 日の株価の推移までが、両者においてほぼ同じだった ことは特筆できる。 最高値をつけたあと、株価が下がりはじめる。 第四週、第五週と急落が連続して肝を冷やす。 第六週には小康状態となるのも束の間で、第七週の 失望売り、第八週には誰もが逃げ順となって、阿鼻叫 喚、地獄の第九週が待っていたのである。 そして今年。 アメリカ株の急落の動きは過去二回の暴落コースを 正確にトレースしているように見えるのだ。 10月11日に史上最高値を記録したあと スランプに陥り四週間。 前二回の大暴落コースを忠実にたどりつつある。 仮にこのまま行けば、破局は12月5日頃に来る。 この下落は、一般的にはサブフライム間題が原因だ と言われている。だがサブフライム間題は症状の一つ にすぎない。原因ではないのだ。 根本原因は、アメリカ経済がすでに一年前から不況 期入りしたことにある。そのことは工業晶出荷額の推 移にもハッキリと現れている。昨年六月をピークとし て急速に落ち込み、昨年十月には前年比マイナスの水 準にまで転落したのだ。、アメリカが不況になった からこそ、住宅価格が下落に転じ、その結果サブフラ イムが火を噴いたのだ。 たとえばインフルエンザかかに躍った時、激しい咳が出 たとしても、それは病気の症状にすぎず、咳がインフ ルエンザの原因ではないのと同じことだ。 サブフライム間題を考える時、日本人はつい日本の 住宅口iンの常識によって物事を判断してしまう。だ がこれは大きな誤りだ。 日本では、ローンを組んで買った住宅が大きく値下 がりした場合、家を売却してもなお借金が残ることが ある。この時、借りた人間は律儀に残債を返すのが当 然だと私たちは思う。 だからこそ日本では不況が恐慌に発展せずに済んだ のだが、同時に十年以上も延々と不況が続いたのだと も言えるだろう。 日本の住宅ローンとは異なり、アメリカで一般的な 住宅ローンはノンリコースローンである。借金を返せ なくなった場合には、担保に入れていた住宅をお金の 貸し主に渡してしまえば、それだけで借金から解放さ れるという契約なのだ。 日本の常識から見ると、アメリカの住宅ローンは、 経営方針が大甘のカジノみたいなものである。 金も持たずにやって来た客に対しても、喜んで賭け 金を貸してくれるという、大甘のカジノである。 客が勝てば(買った住宅が値上がりすれば)勝った 差額を自由に持って帰ることができる。客が負けた ら、手元に残った残金だけ返せば(…担保となった不動 産を引き渡せば)それ以上は責任を追及しないという カジノである。 こんな大甘カジノなら、 客は殺到するだろう。大繁盛すること(…住宅の価格 が高騰すること)間違いなしだ。だがカジノが繁盛し ていることと、カジノが儲かっていることとは、まっ たく別のことなのだ。 住宅への需要が水膨れすれば、価格が高騰するのも 当然であろう。 だが、どう転んでも客が損じないサブフライムロー ンの仕組みが成立するためには、住宅価格が右肩上が りで、今日よりも明日にはさらに高い値段になる必要 がある。 ところがアメリカは昨年末には不況入りした。 当然、住宅需要は減って来る。みんな一斉に勝ち逃 げしようと考える。住宅の売り物が増えてくる。価格 は下落に転ずる。 そうすると、サブフライムローンで住宅という賭け 札を買ってギャンブルに参加した人たちは、もはや手 元の賭け札を高値で転売することができない。つまり 賭けは失敗したわけだ。 だがこれではローンの貸し手が困ってしまう。住宅 価格は下がっているのだ。 自分たちの手元の担保流れの住宅を叩き売れば、住宅 相場はさらに下落する。貸し金の回収がますます困難 になる一方だ。 さて世界中の頭痛の種のサブフライム間題は、ここ から先こそが本質である。 かつて「数多くのサブフライムローンをひとまとめにすれば、 どうせある程度は焦げつきが発生するにしても、 全部が全部、焦げつくわけでもあるまい」と考えた人間がいたのだ。 その「決して焦げつかないはずの部分」だけを担保 にした債券を発行すれば、発行した債券の格付けは最 上級、つまりAAA格になるはずである。 なにしろ理屈の上では、担保は決して焦げつかないのだから。 世界には、堅実な経営方針で、儲けよりも安全が第 一と考える機関投資家が多数存在する。彼らは債券を 買うなら格付けが高い債券にしか興味がない。 だがしかし、格付けの高い企業は一般に自己資金が 豊富だ。そういう優良な企業は、なかなか債券など発 行したりしない。 証券化という先進技術の落とし六つまり本物のAAA格債 券というのは「お宝債券」なのである。 そこでサブフライム担保で組成したAAA格債券の 登場である。「高格付けの債券を買いたいけど、値段 が高いのは困る」などとムチャな要求をする投資家に 対して、盛大に売り込まれていったのだ。 さて、サブフライムローンを一山集めて、その中か ら絶対焦げつかない部分を取り除いたら、あとには、 焦げつく可能性の高い部分が山のように残される。 そこでこれらの部分を宝くじ感覚の投資商品に編成 して割引値段で売りに出す。もしもローンの焦げつ きが予想以下で済めば、投機家は大儲けできるだろう。 まさに一機千金。夢見る投機家が喜んで飛びついた というわけだ。 信用度に問題がある客を相手にして住宅ローンを貸 す商売が成り立つのは、ローンを全部まとめて投資家 に売り払い、すばやく現金化できるようになったこと のお蔭なのである。 証券化という先進技術の恩恵だ、と誰もが考えたこ とだろう。 だがここには、あきらかに重大な落とし穴がある。 ローンの証券化を行うためには、大前提として事前 にサブフライムローンが焦げつく可能性が見積もられ ていなければならない。 もちろん見積もるための数字は存在する。 だがその数字は、 不動産価格が右肩上がりだった過去の数字だ。 予想を超えて不況になり、予想を超えて不動産価 格が下落してしまうと、予想を超えて焦げつきが発生 する。 そして損の範囲は「絶対安全なはず」と予想 されていた部分にまで食い込んでしまうのだ。 実際に今、格付け機関が「絶対安全な債券」の格付 けを下げ始めている。 ギャンブルをしていた人間が、賭け金を残らず失っ ても、それはギャンブラーの自己責任だ。だが絶対安 全な債券という触れ込みで買った代物が焦げつくかも 知れないとなれば「こんな危ないものは持ってられな い。叩き売れ」ということになる。 相場は大暴落する。 損を覚悟で叩き売った以上、売った金融機関には赤 字が発生する。売らずに持ち続けている金融機関にも 評価損が発生する。金融機関の利益が激減すれば、そ の金融機関の株価も大暴落するだろう。 また絶対安全のはずの債券にまで損失が発生するの なら、ギャンブル型の金融商品の価値は、限りなくゼ ロになった可能性もある。 そんな紙屑を手放すこともできず、黙って抱え込んで いる会社が、どれだけあるか、誰にもわからないとい う状況なのだ。 この構図が誰の目にも明らかに見えはじめてきた 時、株価は暴落への道をたどり始めたのである。 サブフライム問題は、アメリカの不況を原因とする 一つの症状にすぎない。 だが激しい咳が患者の体力を急速に奪うように、サ ブフライム問題が株式市場への不安を加速しているの も事実なのだ。 インフルエンザの症状には発熱もあれば下痢もあ る。咳だけが症状ではない。 同様に、不況を原因として、あらたな症状が噴出す る可能性も否定できない。 アメリカという巨大消費市場あっての中国だから、 アメリカの不況が直撃すれば中国株も大暴落するかも しれない。 そして人間がパニックに陥って、本能のままに行動 すると、コリションコースの通りに推移して、暴落に 至る可能性も否定できないのである。 見晴らしの良い空中で、航空機同士が衝突する事故が しばしば発生する。コリションコース事故と呼ばれ る事故である。 たまたまお互いの航空機の進路がクロスしていて、 このまま行けば衝突するという場合、パイロットの視 界の端に見えているはずの相手の機体は、まったく動 かないように見えるために起きる現象だ。 両機の距離はぐんぐん縮まってきても、衝突コース を飛んでいるからこそ、視界の中では窓に止まったま まの黒い蝿のように、相手の機影は動かない。 もちろん両方のパイロットとも、基本的な知識とし てコリションコース現象は叩き込まれている。それで も見落としてしまうのだ。 視界の中で黒い点が急膨張し、アッと思った瞬間に は、すでに衝突している。大暴落にもコリションコ ースがあると筆者には思えてならないのだ。 アメリカ株が、もしも大暴落へのコリションコース に乗っているのなら、衝突を避ける方法はただ一つ。 自分が今、コリションコースに乗っていると「気付 く」こと。これに尽きる。 だがしかし、世界の金融政策担当者は、視界の端の 動かない黒雲に、果たして気付いているのだろうか。