■■■田口ランディのコラムマガジン■■■ 2003.5.28 ---------------------------------------------------------------------------- 「雨とヘビ」 ----------------------------------------------------------------------------  梅雨で、雨が降っていて、少し寒い。朝からぼーっとテレビを見ていたら、なんだ か突然に何もかもイヤになった。  ブッシュ大統領をお宅訪問した小泉総理が笑ってる。男の車に初めて乗せてもらっ た愛人みたいに嬉しそうだ。あんな男の隣に座るのがそんなに幸せか、フジツボみた いな目のマッチョな男がそんなにいいのか。  戦争反対とか武力行使反対の声は、イラク戦争の終結といっしょにどこかに飛んで しまって、なんだか日本は「さあ、アメリカといっしょに北朝鮮をぶっ飛ばそう」と いうムードだ。  そうだなあ、北朝鮮にはジョン・レノンの「イマジン」を歌っても似合わないし、 イラクよりもずっと「アホなキャラ」としてマスコミが紹介し続けている。あたかも 「このキャラはいじめキャラですよ、みんなでバカにしていいんですよ」と言ってる みたいに。  北朝鮮の女の人がみんな「喜び組」ではないし、生活している人たちは地味にそっ と暮らしているに違いない。まともな人は軍に逆らってどこかの炭坑で強制労働をさ せられて、飢えて今日もたくさん死んでいるだろう。独裁を否定する者は迫害され、 殺されるらしいではないか。その人たちの無念は聞えない。  繰り返し流される「喜び組」の女の人の証言は、もう私には「セクハラ」に見える。 テレビによるセクハラじゃないのか。  拉致被害者のみなさんと、そのご家族の方々の悔しい胸のうちは私の想像を絶する のだろう。もう、このあいだの集会は、熱気が強すぎてついていけないものを感じた。 北朝鮮は確かにひどい国だ。狂ってる。ミサイルをぶっ放すと脅すし、核はもってい ると豪語する。大量に覚せい剤を日本に輸出しているらしい。それが出回って子供た ちがシャブ中毒になる。いいかげんにしろと言いたい。  だけど、だからって「テロ国家には力の制裁を!」でいいのか。国家のために国民 を犠牲にしていいのか。本当にそういう手段しかないのか。それじゃあ日本も、北朝 鮮やアメリカと結局は同じなんじゃないのか。  ……などと、ぐったぐたと考えているうちに、なんだかもうなにもかもイヤになっ ちゃって、ごろんとでんぐり返ってどうにでもなれ、とふて寝してしまった。  ああ、なんだか息苦しいなあ、辛いなあ。こんなこと考えるのやめてしまおうかな。 そう思う。そうだよ、やめたっていいんだよ。私が考えることじゃないんだ。私はな んの当事者でもないし、私が考えたところでなにがどうなるってもんじゃない。  そうさ、イラク戦争のときだって、デモにも行かなかった。署名もしなかった。何 もしなかった。今も何もしていない。ただ、この梅雨の雨の朝、テレビを見ながらぶ つくさ言ってるだけだ。それが私。ただのアホ。ただの文句たれ。ただの傍観者。そ うだなあ。ただの傍観者だ。  個人情報保護法も有事法制も、どんどん目の前のテレビ画面を流れていくニュース。 記号。私は毎日、ここの居間に座って、テレビを見てるだけだ。たまにおつかいに行っ て、それから子供とご飯を食べて、そして仕事して、寝る。それだけだ。それが私の 日常だ。  この現実が本当に私の現実なのか。私は世界とほんとに繋がってるのか。テレビも 新聞も読まなかったら、私は何も知らない。何もわからない。その方がいいかも。情 報を遮断しちゃうほうが、きっと楽かもしれない。  外は雨。ずっと雨だ。緑がきれい。松の木にヒヨドリが巣を作って、それをヘビが 狙っている。小さな卵をヒヨドリ夫婦があたためている。それをヘビが狙っている。  ノラ猫が庭をとぼとぼ歩いていく。濡れながら歩いていく。まだ高校生のころ、自 分って何てちっぽけで無力で、悩んでばかりいるんだろうって、苦しくてたまらなかっ た。そのころの自分が、こんなに大人になっても自分の中にいて、ときどき雨に負け てしまう。  この梅雨の雨に負けてる。私は負け込んでいる。世界に負けてる。大きな声に負け てる。強い声に負けてる。お金に負けてる。情報に負けている。なにもかもに負けて る。どうしよう……。たまにこういうときがあるんだよなあ。  呆然と雨のなか、庭に出て、濡れた木々や海を眺めた。海と空は鉛色に溶け合って いた。松の木の枝にヘビが巻きついている。あそこで夕暮れを待つ気なのだ。暗くなっ てからヒヨドリの卵を狙うんだろう。  ヘビは首をもたげて、こちらを見た。目が合った。そして「なんか文句あるのか?」 と言った。私はものすごくびっくりした。これは空耳に違いない。ヘビがしゃべるは ずがない。 「なんか文句あるのか?」またヘビが言った。「ないよ」私はそう答えた。ヘビはにょ ろにょろと木を登っていく。  私は怖くなって部屋に戻った。しばらくすると、ヒヨドリがぴいぴい鳴いている。 ヘビに襲われたのだ。松の木の上をぐるぐる飛び回っている  玄関の戸が開いた。娘が帰って来たんだ。そう思った。玄関に出てみたら、のっそ りと巨大なヘビがたたきを上がるところだった。「なんか文句あるか?」とヘビは言っ た。ヘビはのそのそ廊下を這ってくる。すごくでかい。あちこちかま首を回す。子供 を探しているらしい。  窓の外で「おかあさ〜ん」と声がする。いけない、子供が帰って来た。ヘビはそれ に気がついて、玄関の方へ振り返った。「ただいま〜!」  私は答えた、ありったけの声で、いつものように。「おかえりなさ〜い!」  おかえりなさい。その呪文で妄想がとけた。ヘビは消えて、子供が靴を脱ぎ散らか して上がってくる。そして腕の中に飛び込んできた。  「庭におっきなヘビがいたよ」「そうだね、鳥の巣を狙っていたね」「かわいそう だね、鳥さん」「うん」  私って何かな。私って場所なのかな。子供は私に帰ってくる。存在って場所なのか な。たったひとつの場所なのかな。私って、いるだけでもいいのかな。見るだけでも いいのかな。感じるだけでもいいのかな。 「鳥さんの赤ちゃんどうなった?」「わかんない。食べられちゃったかも」「助けて あげればよかったのに」「そうだね……」  それから二人でぬくぬくと抱きあった。卵を喰われたヒヨドリは、ずっと鳴いてい た。 ============================================================================ ■■■お知らせ■■■ メール読者のみなさまへ  ============================================================================ ■ほぼ日刊イトイ新聞の大人気連載 「感心力がビジネスを変える」  http://www.1101.com/e_tanaka/index.html  で、筆者のE.Z.TANAKAさんが巻上公一さんに取材しています。  このインタビューがめっちゃ面白いのです。  テーマは「声は鍛えられる」  このサイトに紹介されているのは取材時に同時録音した 「巻上公一さんの生ホーメイ」  再生音質がすごくいいので、ぜひとも日本一のホーメイをお聞きください。 ■このメールマガジンはメールによる登録・削除は受けつけておりません 【配信中止とアドレス変更】  メルマをご利用の方    『まぐまぐ』をご利用の方